トルコ・イスタンブールからお届けする、ベリーダンスな毎日のあれこれ。

ベリー☆ベリー☆イスタンブール 



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〈PR〉ベリーダンスJAPAN Vol20 にコラム寄稿しました

トルコでベリーダンスを習い始めて4年生、、、な若輩としては恐縮ですが、ベリーダンスJapanで

「もっと知りたい ターキッシュ・ベリーダンス」

と題して(あ、題は編集者の方が付けてくださいました、、、あたしもまだまだ、ターキッシュ・オリエンタルのこと知りたいよ?笑)、連載コラムを書かせていただくことになりました。

お知り合いの方々の中には、この道十年越えのベテラン先輩がたくさんいらっしゃるので、数年の経験で書いちゃっていいのかなぁ。。。とも思いましたが、打ち合わせの際にいただいたバックナンバーに釣られて(25%ぐらい真実)、お引き受けしてしまいました、、、ははは。

初回の五月号では、ターキッシュダンサーの紹介をとの命題でしたので、歴史を踏まえて、トルコ国内外のダンサーの皆様をご紹介しました。

ついでに、、、と言ってはナンですが、「ターキッシュ・オリエンタルはロマのダンスに基づいている」という通説にも反論してみました。だって、トルコでトルコ人の先生にロマもオリエンタルも習ってるしいろんなトルコ人ダンサー見たけど、ちっともそう感じないんだもんーーー!!!

好き放題書いていいブログと違って、お金を払って読んでいただく記事なので、なるべく客観的に、そして事実に基づいて書いていきたいと思ってます。ブログを読んでくださっている皆様、たまにはあたくしが真面目に書いた文章も読んでみてくださいませ。


5月31日発売です。特集は、アラブ音楽について、しかもCD付きだそうです! 太っ腹な編集部さんがわざわざ見本誌をトルコまで送ってくださるそうなので、それがすんごい楽しみです☆☆☆


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テーマ : ベリーダンス    ジャンル : 学問・文化・芸術
  1. ターキッシュ・オリエンタル
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2012 HIDRELLEZ  今年はEdirne その3

さて、夜中の12時過ぎにベッドに入り、うとうとしたかしないかで、、、


朝4時起床
たたきおこされた


ツアーリーダーと相部屋だったので強制参加でしたが、そうでなければ面倒くさくなって行かなかったかも。。。 実際、参加者はツアーの半分ぐらいの人数でしたが、行ってよかったです! なかなかできない体験でしたよ。


ロビー集合は4時45分、参加者は全員寝ぼけ眼にすっぴんのまま、バスへ、、、行く先は昨日も行った昼間の会場です。到着してみると、まだ夜明け前なのにすでにすごい人。
どうやら、夜のコンサートから流れてきて、そのままここで夜明かししている人たちもたくさんいるみたい。

みんなぞろぞろと、川へ向かいます。。。

P1030566.jpg
元旦の初詣みたいな光景


川では、紙にお願いごとを書いて流すのがメインイベント。
HIDRELLEZにしたお願い事は、必ず叶えてもらえるという言い伝えが、、、

、、、なんだけど、紙も鉛筆も持ってこなかった私達、、、
踊ることしか頭にない?!

たまたま側にいた親切なおばさまが、メモ帳と鉛筆を貸してくださったので、ありがたくお借りして、お願いごとを川へ流しました。

橋の下では、果敢にも川に飛び込む若者達が!
もっとみんな水に入るのかと思っていたら(ガンジス川の沐浴みたいに)、みんな遠巻きに見ている感じ。そりゃそうです、初夏のお祭りとはいえ、ジャケットが必要なぐらい寒いものー☆

early morning
夜が明けていく、、、 Photo by Debby


広場では、相変わらず、ダブルとズルナの音楽に合わせて、ダンスが続いています。
TVや新聞の取材も来ていて、やっぱりめずらしパンダなあたしたちは格好のターゲット。翌日の新聞に、「イスタンブルのアフルカプのお祭りが中止となり、エディルネが中心となった今年のフドゥレレスのお祭りには、わざわざ日本からの旅行者も来ていて、ダブルやズルナの音に合わせて腰を振りながら楽しんでいました」ってレポートが出ているのを発見。

そうこうするうちに夜が明けきると、地元の人達も川辺まで下りて水をすくって顔をぬぐったり、ビニール袋やペットボトルに水を汲んだりしはじめました。
さすがに川辺まで下りていくのは躊躇していたら、これまた親切なおばさまが、汲んできたお水を分けてくださいました。顔を拭うようにって、、、 しかも、3回拭うのがやり方だそうです。



お願いごとしたし、お清めしたし、朝っぱらから踊ったし、さてそろそろホテルへ戻りましょうか、、、という頃になって、事件発生! ツアーメンバーの中で、いかにも元ヒッピーなおばちゃまが、


あたし、川に入るっ!


と言い張り、敢行。 心配したツアーリーダーは、あたしにカメラと携帯を渡すとあわてて追いかけていき、途中で知り合ったロマのお姉さんたちも、心配して追いかけてくれました。

i have to do this

このロマのお姉さん達、先日も書きましたが、このお騒がせおばさんが川から上がってきて着替えるのも助けてくれて、その後もなんとなく一緒に歩いたり、楽団に出くわしたら一緒に踊ったり、踊りを教えてくれたり、お祭りを一緒に楽しみました。

お礼がしたいな、、、と思ったのですが、あちこちでチップを強請る(今はじめて感じで「ねだる」ってこう書くって知った。「ゆする」と同じ?!)人達と一緒にしたくない、、、そして、あちらも一緒にされたくないと思っているのを感じたので、連れの小さい女の子に、あたしがしていたオヤのスカーフをあげることに。ありがとうの気持ちは、なんとなく現金で伝えるのは、、、ね。
その気持ちが通じたみたいで、目があってにっこり。


実はこのお姉さんとの早朝の出会い、ちょっとワケアリ。
あたしが友人とおしゃべりしていて、ついチンゲネ(ロマの蔑称)という言葉を使ってしまい、それを耳にした彼女がくるっと振りかえり、


「おねえさん。チンゲネって言わないで。あたしたち、悲しくなるから」


とまっすぐな澄んだ目で見つめられて言われました。

しまった、と思いました。蔑称であることはもちろん知っていたのですが、ロマの歌詞にはチンゲネという言葉が使われていたりするのと、イスタンブルではみんな平気で使うのと、あとやっぱり外国語という甘えもあるのかな、、、つい、口から出てしまったので、そんな自分がすごく恥ずかしかった。
外国語というのは、どこか当事者意識を薄くするところがあります、、、気をつけよう。というか、このお姉さんとの出会いがあったので、もう口から出ないと思う。

最後には記念写真を撮って、また来年!という約束をしてお別れしました。
記念写真を撮ったので、それを頼りにエディルネまで訪ねてみようか、、、なんとなく、本当にもう一度会えそうな気がする。トルコでは、日本だと考えられないようなマジカルなことが起きたりするからね☆


夜が明けきって太陽が輝き始める頃、みなぞろぞろと家路へ戻ります。

going home
手にしているのは、「HIDRELLEZに行ってきました」というお印に家に飾る木の枝だそうです Photo by Karin

私達も、出発前にホテルで朝食をとるために戻り、ゆっくり朝ごはんを食べてから、家路へ。
帰りのバスの中は、みんなぐったり、、、のはずが、初めての経験ばかりで興奮さめやらぬかつての女子高生達はあいかわらず大騒ぎ。。。イスタンブルのホテルへ到着し、名残惜しみながらの解散でした。


そして。
まだ終わらない、あたしのロマ祭り。

そのまま、ロマのレッスンへ行ってきた!


レッスンまでの待ち時間を友人と一緒に時間をつぶし、荷物抱えたままレッスンへ。レッスン着持ってこなかったので、ひらひらスカートです(さすがに髪に花はやめといた)。アップがわりにいつも即興の時間があるのですが、そこでいきなり踊りまくり、先生とレッスン仲間をあきれ驚かせましたとさ。

お祭り気分をまだ引きずっているので、ノリまくり。ロマって、踊ると周りが関係なくなるのよね。。。 先生も、ロマの人達が踊るのに混じって見たり踊ったりするのが重要、と常々おっしゃっていますが、今回の旅行では本当にそれを感じました。なんだろう、身体から湧き上がる感じを感じるのです。。。

実戦、、、もとい実践経験を積むために、翌週はFatihで行われた世界ロマ・デーを受けてのコンサートにも行ってきました。野外特設ステージのコンサートだったのですが、周りの人があたしたち(4人で行った)のために場所を空けてくれ、地元のロマの人達が一緒に踊りたがってくれるのが、面白い~☆ やばいこれ、クセになりそう。ガイジンでよかったよ☆☆☆


ちょっとロマにはまりすぎて、オリエンタルどーでもええ、、、な気分がまだ抜けないのですが、そういう時に限って6月にいくつかステージがあるので、今あわてて振付復習したり曲編集したりしているところです。

今度は、初のデュオなんです。しかもイシスウィングに挑戦ーー!!!
そのお話は次回に続きます。

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2012 HIDRELLEZ  今年はエディルネ その2

ちょっと間があきましたスミマセン、いよいよエディルネのHIDRELLEZのおはなしです。


ツアーの皆さんは午前中に旧市街観光が予定されていたので、私はランチタイムに合流しました。
たった1泊なのに、荷物が多い。。。(それは造花の髪飾りとかかさばるものが入っているからさ)


中型バスを貸切手配したのですが、ツアーも4日目で打ち解けたグループは、お菓子を回したり、写真を撮ったり、道中かけっぱなしのロマ音楽でちょいと踊ったり、


女子高の修学旅行状態
さしずめ引率はクラス担当の体育教師オズゲン先生、、、ってとこでしょうか


イスタンブール郊外から、緑の美しい牧歌的な風景を眺めながら3時間ちょっとでエディルネへ到着しました。
ホテルへチェックイン後、荷物を置いてお祭り会場へ!

P1030543.jpg
小雨のぱらつくあいにくのお天気だったのですが、会場へ向かう人で大賑わい、、、
会場は、サッカースタジアムがある広場。野外ステージも設置され、グループがパフォーマンス。

ダブル(大太鼓)やズルナ(チャルメラのラッパみたいなの)の数人の楽団が練り歩いていて、観客のために演奏したり、踊らせたりしては、チップのおねだり。

イスタンブールのAHIRKAPIのお祭り会場では、チップをねだられることがなかった(公共のお祭りだったので、そういうの禁止だったのかも)ので、ちょっとびっくりしました。

チップちょうだいっていうダンス・ジェスチャー覚えちゃったよ(笑)

dance with locals
へたっぴとはいえ、ロマ踊りする外国人は注目の的でした


予想外の事態で、スリにあわないよう最小限しか持っていかなかったため、あげたくてもホントにお金持ってなくて、しょうがないから

ポケットが空っぽでお金がないのよ

って踊りながらジェスチャーし返したら、さすがに向こうもあきらめてくれましたが、なんていうか、派手な格好のチームは、チップ目当ての演奏とパフォーマンスという感じが否めませんでした。う~んでも、それもある意味では、実際のロマの人々の生活の一面でもあるのかなぁ。。。勝手に踊ってるいかにも地元で家から歩いてきましたっていう雰囲気で踊っているおねえちゃんやおばちゃんのほうが、踊りが自然でウマい。

romany girls
どうです、このコたちのキメ・ポーズ。 天性なのか、こうやってお金稼いでるのか、、、


会場では、おおきなかがり火が。
Hidrellez fire


P1030558.jpg

下火になってきた頃に、次々と人が飛び越えはじめました!
飛び越えることによって、お清めと願掛けをするんですって。

こんなデカイもんは飛べない!、、、という人向けに、小さいのがありました。
jump over fire
せっかくだから飛んでおこうかと。
これは翌朝05:30@マジすっぴんなのでよく見ないように。


夜は野外コンサート鑑賞なので、その前に夕食を済ませるために、2時間ほどでひきあげました。
途中雨も強くなり、ちょっと雷もなっていたのですが、地元の人に聞いたところ、雨はお清めの意味で幸先がいいんですって。

お夕食にエディルネ名物のジエール・タバ(レバーのから揚げ)やケバブを食べてから、街主催の野外コンサートへぶらぶらとみんなで歩いていきました。

コンサート会場には野外ステージが設置されて、音楽もダンスのパフォーマンスもあったのですが、低くて見えない!なので、聞こえてくる音楽に合わせてみんな勝手に踊りはじめると、地元の人たちの飛び入りも参加して、しかもまわりの観客も場所を空けてくれて、あっというまに第二ステージの出来上がり(笑)
こういうときのノリは、やっぱりトルコ人すごいです。みんなで輪になってハライ(トルコの、、、なんだろ盆踊り?みんなで一緒に踊る簡単なフォークロア)とか、エディルネのチフテテッリとかを地元のお姉さんに教えてもらいました。

コンサート自体は10時ぐらいに終わってしまったのですが、その後もみんななんとなく会場に残り、自分たちで歌を歌い、はやしたてながら踊り続けます。 そのうちロマの子供達がやってきて一緒に踊ったのですが、これがあなた、ウマイのよ!!!
本気で上手い。今思うと、ビデオ撮っておくべきだったよ------  ロマのおばちゃんたちのようなリッパなお腹のない日本人には、子供の踊りがお手本にちょうどいいのではないかと思いました。

なんだかんだで11時過ぎまで子供たちに遊んでもらい、途中でビールを買って飲みながらぶらぶらとホテルへ戻り(いいんです、お祭りですから)、12時過ぎに就寝。

え、早いじゃないって? だって明日の朝は、メイン行事参加のために4時起きなんですから!


(続)

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ロマの人々とイスラム教

先日の記事の中で、ロマの人々には非イスラム教徒が多い、、、というのは本当にそうでしょうか?というご指摘をいただきました。

実は、今回の旅行を通じで私自身も思うところがあって、これは調べてみようと思っていたところなので、エディルネ旅行のお楽しみ報告を書く前に、ちょっとリサーチしてみました。


調べてみたところ、トルコに居住しているロマ民族の祖先は、ビザンチン帝国時代にアジア(って、インド北部だよね?)からペルシャを通って、アナトリアの地に移住してきたというのが定説です。
定住型ロマの人々は、定住先の文化や宗教を柔軟に取り入れつつ、その地に定着していったので、トルコに定着し、オスマン帝国時代から現代に至るまで、政教分離はしているものの主流は断然イスラム教であるトルコにおいては、イスラム教徒が多い、、、はず。

ただ一方で、トルコには40万~50万のロマの人々がいると推定されているにもかかわらず、政府指標では、人口の0.05%(つまり4万人弱)のみがロマ人という発表で、非常な隔たりがあります。
トルコの少数民族政策には、クルド問題も含めて、本音と建前がちらつきますね。。。


公式定義はそのくらいにして、私の実感ですが、、、


う~ん、わかんない。


今回の旅行中、エディルネのお祭りに行くのに、トルコ人オーガナイザーの友人がかなり胸の開いた服を着ていたのですが、一緒に踊っていた地元のおばちゃん(明らかにロマの方)に、注意されて胸元を整えられていました。

別の参加者が、果敢にもお清めするのに川に入り、濡れた衣服をそのへんで着替えようとしていたら、やはり地元のおばちゃんグループに見つかり、とんでもない!と、ヒトを集めて輪をつくり、外から男性に見えないように囲って、着替えさせました。

本人達は別にスカーフを被っているわけではなくて、服も普通だけれど(でも、色は派手だけど、確かにカバーされている気はする、、、)、踊りだすと腰振り、、、です。

さすがに初対面のすれ違いの面々に、あなたイスラム教徒?お祈りする?とか聞けないのでわかりませんが、、、そもそもイスラム教は神と本人の契約によるもので、他人の信仰や実践にあれこれ口を出すのはいけないことだそうなので、肌を見せなければ人前踊ってもいいのかとか聞けないし。。。


ということで、元記事のほうは、「元来」非イスラム教徒が多かった、、、と訂正しました。
トルコ人と、ロマ人の、イスラム教の実践については、機会があったらレイハンに聞いてみたいと思っています。
そういばレイハン、エザーンの間は絶対踊らないんだよね。。。



コメントをくださった匿名希望さん、ありがとうございました。
このブログ、みんなでトルコの文化や踊りについて理解を深める一助になればいいなぁと思って書いているので(そのわりにくだらない記事が多いかもー笑)、私が書くのと違う事実やご意見があれば、ぜひみなさんにもシェアできるように、投稿していただければと思います。マイナー・ターキッシュ組、仲良くしましょう♪





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2012 HIDRELLEZ 今年はエディルネ、その1

2012年5月2日から6日、イスタンブールとエディルネでトルコのロマ文化をダンスを通じて体験するHIDRELLEZツアー、無事に終了いたしました。 

ヨーロッパを中心に世界中で活躍するトルコ人男性ダンサーOzgenと、本物のロマの踊りを外国人に教えてくれる数少ないロマ・ダンサーReyhanを講師に迎え、イスタンブールで2日間集中ダンス・ワークショップ、旧市街観光をしてからエディルネに移動し、エディルネのお祭りに一泊二日で参加する、、、という内容です。

今回は、ツアーのプランナーとコーディネーターとして参加したのですが、本当に楽しかったです!
そりゃそうだ、自分が行きたいツアーをそのまま企画実行してるんだもの


★★★


さてツアーのメイン・イベント、エディルネのHIDRELLEZ祭りについて書く前に、今回のツアーのテーマ、HIDRELLEZについて少々。

HIDRELLEZとは、アナトリアの民間伝説に起源を発する暦日で、この日5月6日を境にHIZIR(yaz 夏)が始まり、186日後の11月8日にKASIM(kış 冬)となって、179日、うるう年は180日が冬の期間、、、と季節が巡っていく、その節目となる日を祝う日だそうです。

確かにトルコには一応四季があるのですが、春と秋は数週間ぐらい、あっという間に終わってしまいます。
HIDRELLEZの説明が、サイトによって春の始まりだったり夏だったりするので「???」と思っていたのですが、元来は春夏-秋冬の2つに分けていた、、、ということでスッキリ。

HIDRELLEZの起源は、人々に癒しと再生をもたらす不死のシンボルであるHIDIRとILYASが降臨して地上に春夏の季節をもたらした伝説に基づき、HIDIR(フドゥール)とILYAS(イリヤス)の名前を合体させてフドゥールイリヤス→フドゥルレレス、、、になったとか。 なんだか、イザナギとイザナミとか、織姫と彦星とかを連想してしまう伝説、こういうところはやっぱりシルクロードで繋がったアジアの文化だなぁと思います。

このお祭り、トルコ全土で開催されているわけではなくて、祝う地域もそうでない地域もあるそうで、祝い方も様々なようです。 共通するのは「この日にお願いしたことはHIDIRが叶えてくれる」という言い伝えに基づく行事で、イスタンブールではお願いを木に結び付けましたし、エディルネでは紙に書いて川に流します。 七夕っぽい、、、

hidrellez arc
イスタンブールでは木に短冊を結びます。ほんと七夕!

hidrellez edirne
エディルネでは川に流します。日本でも、七夕川流しの地方もありましたよね?

どちらにせよ、自然界の再生を祝うお祭りなので、緑の多いところや川や海などの水のあるところに集まってお祝いをするようです。


どうしてロマが中心のお祭りなんだろう、、、と不思議に思い今回ネットでリサーチしてみたところ、「HIDRELLEZの祝いは、イスラム教の教えに基づくものではないので、この日を祝うのはHaram(イスラム教徒としてやってはいけないこと)である」と書いてあるサイトに出くわして、ちょっとビックリ

トルコ(アナトリア)の歴史は約1万1千年前に遡り、イスラム教が入ってきたのは「たったの」1000年前ですから、考えてみればイスラム教以前のアナトリア文化が残っているのは少しも不思議なことではありません。だって日本を考えてみれば、鎌倉時代の流鏑馬の行事とか、ちゃんと現在まで伝承されていますもの。
ただし、現在のトルコの主流であるイスラム教の祝日ではないので、イスラム教徒はお祝いしないし、踊ったり歌ったりもけしからん、、、という理論も納得できます。(敬虔なイスラム教徒は、グレゴリオ暦~つまりカレンダー歴~の新年1月1日もお祝いしません。イスラム暦では平日だからですって。)

そんな理由で、元来非イスラム教徒の多いロマの人々を中心に伝承され、彼らの好きな歌や踊りがこの祝日のメインになったのかもしれません。敬虔なイスラム教徒の多い地域、あるいはロマの人々の少ない地域では、お祭りがないそうです。そう考えると、イスタンブール市主催のAHIRKAPIのイベントが中止になったのも、なんとなくわかるような、、、


過去記事はこちらから。
2009年 この時はあくまでも、見てただけだったのに、、、
2010年 翌年は完全にお祭りの一部と化していたw

で、本題のエディルネのHIDRELLEZ祭りのお話、、、は次回に続きます!


なお、本記事の内容はあくまでも私個人のトルコでの経験とネットでリサーチした内容に基づく考察ですので、でっちあげだったりするかもしれません、念のため。




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プロフィール

Yoko

Author:Yoko
Yoko of Istanbulだったり、
クラリチェ洋子だったりもします。
踊ったり、書いたり、たくらんだり、毎日意外と忙しい。

【著書】

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